医療過誤裁判とは何か?
医療過誤裁判のほとんどは民事裁判であり、ここ数年で激増している。それは、医療過誤が増えたのではなく、裁判での戦い方が、患者や弁護士らに認知されてきたためであると思われる。
医療過誤や事故は、大なり小なり毎日どこかで起こっている。しかし、なかなか裁判にはならなかった。その原因は、一般的には3つの問題が指摘されている。医療の専門性、密室性、そして封建性の壁である。
ここに、医師賠償責任保険の問題、医療事件そのものの性質、弁護士の能力不足、原告の生活事情が折り重なって、裁判を困難にしている。
原因のひとつは、民事裁判の仕組みにある。民事裁判では、訴え出た患者側である原告に立証責任があるからである。ここでは罪を追求する検事はいない。医学的な間違いを、医学に素人の患者や弁護士が証明する必要がある。審判する裁判官も医学には素人である。これが医療の『専門性』といわれる課題である。
裁判官は、ひとりで200から300件の事件を抱えている。医学の勉強をしろと言うほうが無理であろう。
そして、医療の『密室性』の問題が加わる。
本当は何が起こっていたのかは、医師にしか分からないからである。特に手術中の出来事は、患者側には知らされない。手術中の死亡を家族に伏せていたなどという話は、医師のエッセイなどでよく書かれることである。過誤の存在を調べるために必要なカルテの開示さえ、拒否する事例が多いと報道されている。カルテの改ざんもよく発覚する。『密室性』とは『隠蔽性』のことである。
加えて、裁判では、原告と被告との間で「医学鑑定」の応酬がなされるのだが、ここで鑑定医の問題が出てくる。医師同士のかばいあいの体質、医療の『封建性』あるいは『閉鎖性』と言われている問題である。
自分が訴えられたとき、不利な証言をしてほしくないという心理が働くのだ。また、およそ病院というのは、地域近隣の大学病院が中心となって医師が派遣されていたり、検査設備の利用や患者の紹介などで相互に利害関係があるので、もとから被告よりの証人となる。学閥や大学病院の医局制の問題とも言われる。お客に逆らえない、上司に逆らえないという関係が、医師の間で存在するのである。血縁があればなおさらであろう。
そのために「医学鑑定」そのものが信憑性、公平性に欠けたり、医師が鑑定を嫌がるために、原告や裁判所が鑑定医を探すのに苦労することになる。鑑定医を探すのに半年、依頼して鑑定書が出るまで1年なんてざらである。
さらに異様なことに、病院や医師の過失を民事で追求すると、日本医師会と戦うことになるのである。医師や病院が、日本医師会の医師賠償責任保険に加入しているためである。
当事者である医師や病院が責任を認めて賠償したくても、日本医師会の審査委員会が納得しなければ保険金(賠償金)が下りないのである。日本医師会は、保険金の支払いという拘束をもって、医師に味方をする形になる。つまり、被告の医師は、日本医師会の指示に従って裁判を行うことになり、日本医師会の承諾なしには和解もできないのである。
いったい誰と裁判をやってるのか、わからないような状態になる。
日本医師会は、
日本のほとんどの医師が会員である。
開業医を中心に医師全体の6割程度が会員である。
ひとりの医師を敵に
すると、日本全部の医師が敵になるとも言える。その状態で、医療裁判を戦うのである。
重ねて、医療過誤の場合、事件そのものが、様々な疾患や状況、個別の差異で錯綜しているので、白黒のはっきりした状況が少ないのが普通である。
風邪をひいたとしよう。原因はウイルスである。では、そのウィルスは、どんな種類のものか? いつどこでどうやって感染したのか? 何故、感染して発病してしまったのか? 推測なら誰でもできる。しかし、混沌とした過去に対して、こんなことを絶対的に証明できる人が、この世の中にいるだろうか。医療過誤裁判は、それを患者側だけにやらせるのである。
弁護士という援軍がいるではないか?
それは、医療過誤裁判を知らない人が言う言葉である。
様々な特殊性のために、医療過誤裁判は長くかかる。3年から8年、平均でも5年と言われる。先頃、15年かかった医療過誤の審理に「正義の遅延は、正義の拒否に等しい」と東京高裁が自己批判したくらいである。また、一般の民事裁判の勝訴率は7割以上なのだが、医療過誤裁判の勝訴率は、はなはだしく低くおよそ3割である。
そのために、成功報酬を得る弁護士にとっては非効率な仕事となるので、医療過誤事件には難色を示す。
それで、普通の弁護士は逃げる。そうなると、提訴そのものが出来なくなる。ここに極めて重要な難所がある。
弁護士を説得するために、医学にも法律にも素人である患者自身が、孤立無援の状態で、医療過誤の内容を調査し把握しなければならない、ということなのである。もちろん、この時点で、証拠保全の手続きや任意開示がなければ、カルテや看護記録は全て病院にあることになる。
その原告の経済的、時間的、労力的、能力的な負担は半端ではない。
あたりまえだが、原告は長い闘病生活を送った後のことである。後遺症に苦しむ毎日でもあろう。あるいは、患者本人は亡くなられて、家族は疲れ果てて悲嘆にくれながらの頃である。仕事を失わざるを得なかった人も多いだろう。生活に困窮する人もたくさんいることだろう。まして、当人が通院加療中であったなら、医師や病院を訴えることなど心理的にはできやしない。
このような困難を乗り越えて、幸運にも提訴できた原告らは、しばしば商業出版や自費出版で手記を書いたり、ネット上でホームページを作ったりして医療過誤裁判を紹介している。それは何故か?
実は、これこそが、医療過誤裁判の悲惨さなのである。
ひとことで言うと、その戦場となる法廷では、勝っても負けても、極めて不条理な状況が展開されるからである。
医師の偽証は日常茶飯事。ならば、広く世間に審判を仰ぎたいという話なのである。裁判内容の積極的な公開によって、それが多少なりとも実質的に世論の監視下に置かれることで、より公平な裁判を受ける可能性が開かれるのである。
ひとつだけ例をあげよう。
ある裁判で、裁判所自身の依頼による医師の公的鑑定書が出た。しかし、原告にとっては、その内容は正当とは思われなかった。鑑定医の証人尋問が3時間に渡って行われた。途中休憩の際に鑑定医は原告に言った。「やあ、ずいぶん勉強していますね。驚きました。失礼しました」
その鑑定書は当時の記録からではなく、後日に作られた看護師の意見書をもとに作られたことが判明した。次に、その看護師の尋問が行われ、鑑定の元となった意見書は捏造されたものとわかった。(出典「医療ミス」近藤・清水共著/講談社)
だから、医療過誤裁判は社会問題なのである。
医療が公共の問題であるということだけではない。
原告が、医療や司法あるいは行政のあり方に異議申立をするという、社会政治的な行為に突入するという話なのである。法律用語で言えば「公共性の自己統治」という民主主義の実践を意味する。この社会性ゆえに社会問題なのである。
被害に遇った患者は、これら全ての劣勢を背負い、『誠』の旗を掲げて、敵陣の真っ只なかに躍り込む。それが医療過誤裁判という戦いなのである。
千万人といえども我ゆかん。
医の世に生活するは人の為のみ、おのれが為にあらずということを、
その業の本旨となす。安逸を思わず、名利を顧みず、唯おのれを捨てて
人を救はんと希うべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患
苦を寛解するのほか、他事あるものにあらず。
―――――――適塾「扶氏医戒之略」緒方洪庵 安政4年 公裁誌