病気の解説
 壊死とは、血液代謝が悪くなり酸素や栄養がゆき渡らないために、身体組織が死ぬことをいう。そこに細菌が感染して腐っていくのが壊疽である。感染しなければ乾燥してミイラ化する。
 この壊疽は、抗生物質で細菌を殺したり、感染した腐肉の除去によって治す。血行障害が主要因なので、血流を改善する治療が根治を促す。

 糖尿病による壊疽は、太い動脈から枝別れした先の小血管の機能が劣化して血流が悪くなるために起こる。糖尿病のために血液の感染防御力も弱い。但し私の場合、血糖値は比較的安定していた。
 腐肉を除去したのち皮膚移植をすることもあり、最悪の場合は、感染が広がらないように指や足の切断という形となるが、もともと末梢血管の機能低下が原因なので、普通は主動脈のある足首より下の切断となる。

 閉塞性(慢性)動脈硬化症による壊疽の場合は、主要な動脈がつまって血液の流れが悪くなり、そこから先の部分に壊死を起こす。主動脈が悪くなっても代わりの血管が発達するし、血管のバイパス手術や拡張手術などによって、血流を回復させることができる。そのため、悪くても膝下での切断が多い。閉塞性動脈硬化症は、糖尿病の代表的な合併症のひとつである。

 どちらが主原因であっても、患部の血流の状態を検査して、それに合わせた治療をするのが基本である。
 検査方法は、ドップラー血流計測定(API、DBI、SBP)、光電脈波測定、経皮酸素分圧法、アイソトープクリアランス測定、レーザードップラー血流計測定、サーモグラフィ測定、皮膚灌流圧測定、皮膚血流量測定、指尖容積脈波測定、蛍光色素法、近赤外線分光法、キャピラリーミクロスコピーなどがある。もちろん単純レントゲン撮影、FCR、CT、MRI、MRA、IADSAなどは当たり前である。
 ちなみに、井戸田病院では、これらの検査をひとつもしなかった。

 私が大腿部を切断した原因となったのは、ガス壊疽である。
 ガス壊疽は、壊死した部分に細菌が感染し、皮下で腐敗ガスを産出するものである。体内でガスを生ずるために肉組織が分断され、複数の細菌による相乗効果で、腐敗は急激に進行する。それゆえ、ガス壊疽の発症は「命の秒読み」が開始されたことを意味する。ひと頃、騒がれた「人食いバクテリア」もこの一種である。
 古くは、泥だらけの戦場で多発した病気(クロストリジウム性ガス壊疽)である。糖尿病や併発した慢性動脈硬化症の場合、細菌感染に弱いので、ガス壊疽(非クロストリジウム性ガス壊疽)が起こりやすい。
 近年は、糖尿病の増加に伴ってガス壊疽も増加しているが、それでも稀な病気ではある。なにせ、傷口の消毒という初歩的な治療がなされていれば、起こるはずのない病気だからである。
 このガス壊疽を起こす菌は、どこにでもいる細菌なのである。それ故に、整形外科医にとっては、ガス壊疽は恐ろしい病気ではあるが、基本的な注意義務レベルの病気と言える。

 運悪く発症したとしても発見は容易である。何故なら、身体内にガスが発生するのが特徴なので、触診すれば妙な握雪感があるし、レントゲン撮影(単純X線撮影)を行えばガスの空洞が黒く写るからである。
 しかしながら、井戸田病院では、レントゲン写真(単純X線)は1枚も撮られていない。足の薬指と中指を根元から切断した手術の前後でも、レントゲンは1枚も撮っていない。整形外科学の分厚い教科書には、診断の基本はレントゲンであると書いてあったが、井戸田病院では異なるようである。
 レントゲンを撮らなければ、ガス壊疽の診断はできない。また、足をそうそう触ってくれるわけでもないので、結局、井戸田病院はガス壊疽に気づいてくれなかった。高級な設備を備えていても、野原にテントを張った野戦病院並であったということだろう。

 ガス壊疽の治療方法は、多量の抗生物質の即時投与と細菌に侵された腐肉の除去である。それが間に合わない場合は、患部を切断して進行を食い止める。
 ガス壊疽の発症後、数時間以内に壊死組織を切除した場合の死亡率は13%以下であるが、腐肉の除去をせずに24時間以上の経過観察をした症例の死亡率は70%から100%という報告がある。
 井戸田病院では、足の指の切断後の発熱を感染徴候とすると、11日間の経過観察をしていたことになる。
「見るのと観察するのとでは大違いなんだよ、ワトソン君!」―――コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』

 神戸地裁では、草刈り作業中の怪我から発症したガス壊疽の事件について、ガス壊疽の発見と治療の遅れを認めている。〔平成9年(ワ)第684号・平成14年2月25日神戸地方裁判所姫路支部判決〕
 この事件の医師は、怪我の手術の4日後、午前10時にガス壊疽に気がついて治療を開始し、同日午後5時23分に救急車の出動を要請、大阪大学付属病院へ搬送した。救急車には医師も同乗した。(クロストリジウム性ガス壊疽の場合は高圧酸素療法が効果的なので、設備を持っている病院へ搬送した)大学病院到着は午後7時であった。結果、膝下切断となった。
 裁判所は、足の切断は回避できた、と審判した。遅くとも前日の午前中にはガス壊疽を疑い得たし、その夜には診断を確定し治療を開始できたはずで、手間取ったとしても翌朝には大学病院に到着できたはずであるとして、およそ9〜13時間の搬送の遅れを指摘したのである。診療契約上の債務不履行ないし不法行為が認められ、損害額は8907万円余りとされた。