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| カルテの謎〜うつ病の診断 |
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自分のカルテを見ていて不思議なことがあった。
井戸田病院から転院する前日、私にはうつ病という病名が付けられていたのだ。私がうつ病と診断されていたことは、カルテを見るまで、本人はおろか家族の誰も知らなかったことである。私は驚いた。
私はいまだかつて、うつ病になったことはない。てんかん経験も統合失調症の経験もない。神経症や心身症のカウンセリングや診断を受けたこともない。受けたほうがいいのではないかと言われたことさえない。そして痴呆もない。
しかし、転院が決まった後、転院の前日になって、うつ病の診断が下されていたのだ。
もう一度確認しよう。この診断は、誰も聞いていなかったのである。
不眠などのうつ病の症状はカルテには書かれていない。カルテに症状記載をせずに診断を下すことは、医師として問題があろう。
また、当時の私は、壊疽による激痛と高熱、血液の代謝障害から意識混濁があったので、確かに不眠であると言えたし、悪化する病状に嘆き悲しむこともあっただろう。
だが、このような身体疾患が原因で起こるうつ的状況は、精神科の診断基準DSM−Mによって、うつ病とは認められない。そもそも意識があるかないかの瀕死の状態で、精神科的面接もへったくれもなかろう。
はて、うつ病でない人を、うつ病であると診断しなければならなかったのは、いったい何故なのだろう。
現代人に「あなたはうつ病である」と言えば、20人に1人は正解となるし生涯罹患率なら7人に1人は正解となる。だが、それは医師がカルテに病名として書くレベルなのだろうか。ちょっとよくわからない。
さて、カルテを見ると、転院までの20日間、うつ病の治療薬と言えるセルシンが毎日投薬されていた。他の精神薬は、手術当日の麻酔がらみを別とすると、睡眠薬アサシオン(睡眠導入剤ハルシオンの類似品)だけである。
ちなみに、予定として前もって書かれていた投薬指示が転院で不要となり、全体が×印で消されていたのだが、その中のセルシンだけは二重線で消されていた。何故、セルシンだけを重ねて消したのだろう。
私は、この薬に何か意味があるのではないかとも考えた。
セルシン(Cercine)は、中等度の精神安定剤(マイナートランキライザー・ジアゼパム)である。うつ病や神経症、心身症における不安・緊張・抑うつの治療薬である。脳脊髄疾患による痙攣や疼痛、また、手術の麻酔前・麻酔中・術後の不安・興奮・抑うつの軽減にも使われる。
鎮静剤、催眠鎮静剤、抗不安剤、心身安定剤とも呼ばれ、比較的、副作用が少ないので広く利用されている薬である。刺激を受け取る神経伝達を妨害する効果がある。手術のためには、手術の前夜や当日に投与される。不安・緊張・抑うつ・筋緊張を軽減する目的では、原因疾患に動脈硬化症も挙げられることがある。
但し、この薬は、高齢者や衰弱患者の場合は副作用が強い。ボケたり食欲不振を招く。半減期は約35時間。つまり、これを毎日4mgずつ投与していれば、3日目の投薬時にはおよそ8mgの薬効があることになる。
セルシンとアサシオンを毎日飲んでみたまえ。健康な人でも翌日はボォーとして仕事にはなるまい。
また、セルシンは、血圧を下げる作用があるので血流循環が悪くなる。その場合、血流の低下が要因となる壊疽は悪化することになる。
セルシンとうつ病の診断とは、はたして関係があったのだろうか。
私が足趾の切断手術をしたのは投薬開始後9日目なので、手術用というより、むしろ不眠対策(痛みによる不眠)か、動脈硬化症の疼痛抑制が目的であろう。
それに、うつ病の診断前に投薬されていたのだから、うつ病とは無関係に使われていたと考えるのが自然である。
それでも、うつ病の診断には、2週間以上の症状の継続が診断基準とされるので、軽い抗不安薬を投与しながら経過をみたということは出来るだろう。
転院先への経過報告書の中では、セルシンとアサシオンについて『2/12より中止、夜間異常行動みられるため』と書かれていた。(そうなると投薬予定から、セルシンだけが二重線で消されていたことの辻褄は合う。その場合セルシンの投薬は17日間となる。このような推測的な記述をせざるを得ないのは、カルテが雑であるためである。)
セルシンの投与は1月26日から2月11日。うつ病の診断は2月14日である。転院は15日。仮に『夜間異常行動』がうつ病の症状とされていたのなら、セルシンはうつ病治療のためではなかったことになる。
ただ、セルシンがうつ病の治療用であったとしても、『夜間異常行動』があったので止めた、と考えることはできる。
ここで、この記述には別の脈絡が生まれる。『夜間異常行動』にセルシンが関与していたという意味である。積極的な関与でなくとも、少なくともセルシンは『夜間異常行動』に悪影響を及ぼすと判断されていたことになる。
だけど『夜間異常行動』って何だあ? 自分のベッドがわからなくなるというような状態のことなのだろうが、これは、壊疽の悪化による意識障害なのである。
これらを踏まえて、うつ病という病名を追加しなければならなかった可能性を、いくつか推察してみた。
まず、セルシンはうつ病の治療用ではなかったが、うつ病と診断することによって、セルシンの投与を正当化しなければならなかった場合を考えてみる。
@手術目的のセルシンを中止することを忘れ、それを転院先に隠すため。
A痛み緩和としてのセルシンの投薬は、血圧を低下させ動脈硬化症や壊疽に悪影響を与えるので、本当は間違っていたのだが、それを転院先に隠すため。
B入院中の患者に文句を言わせないように仕向けるために、セルシンが使われていたことを、転院先に隠すため。
次に、セルシンとうつ病の診断とは、全く関係がなかったと考えてみよう。
C保険診療点数を稼ぐために、転院前日に急いで手頃な病名を書き加えた。
D病名をつけることで、井戸田病院に対する患者の不満を、転院先がとりあわないように仕向けるため。
E井戸田病院では手に負えない精神疾患のある患者であるとして、転院の必要性を、転院先に印象づけるため。
F井戸田病院では、患者が重態になると、うつ病と診断する習慣がある。
G何の症状もなく治療の必要もなく、かつ、精神医学ではうつ病とは診断できないのだが、実は、うつ病であることを、井戸田病院は直観で発見して患者本人や家族には秘密にした。これは国際的にも珍しいうつ病の概念となる。
さて、正解は何番だろう。私にはわからない。
もし、上記の中に正解がないのなら、では、うつ病の診断は何のためであったのだろうか。賢明なる読者諸氏の解答を知りたいものである。
★ある医師からの回答をご紹介します。どうもありがとうございます。
「それは保険病名ですよね。
従来、カルテ開示やレセプト開示という習慣がなかったので、患者側の知らない悪習慣が、医療者側には山ほどあります」
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